禁酒法時代に米国政府は自国民に毒を盛った

投稿日: 3/25/2011


デイビッド・グティエレズ(Natural News 常勤ライター)

By David Gutierrez, staff writer

米国史には、あまり知られていない暗黒部がある。禁酒法の時代に、法を無視する人々を阻止・懲罰するために、連邦政府はアルコール製品に毒を仕込む命令をした。

1906年より、米国政府は、アルコール飲料に含まれる同一物質と区別する加工処理として、工業用エタノールのメーカーに化学物質の添加を要求し始めた。憲法修正第18条によってアルコールの製造・販売・輸送が禁止され、政府が密輸を厳重に取り締まるようになると、密売人は化学産業に目を向けた。単純な加工処理によって、塗料、溶媒、燃料、医薬品などに使用される工業用アルコールから毒性化学物質を除去し、この比較的純粋なアルコールを使って酒を製 造した。1920年代中頃には、毎年、約6000万ガロンの工業用アルコールが盗まれていた。

これに対応するため、カルビン・クーリッジ大統領の政府は、業界に対し、除去が難しい毒物(アセトン、ベンゼン、カドミウム、ショウノウ、石炭酸、クロロホルム、エーテル、ホルムアルデヒド、ガソリン、ヨウ素、灯油、メチルアルコール、水銀塩、ニコチン、キニーネ、亜鉛など)を高レベルでアルコール に添加するよう命令した。この作戦が実施されて間もなく、クリスマス休暇中にニューヨーク市だけで31人が毒物死した。歴史家は、禁酒法が終了した1933年までに、この作戦により合計1万人が殺されたと推定している。

この毒殺計画は決して秘密ではなかった。政府はそれを知らせることで、国民が飲酒をやめると期待していた。だが正確に言うと、禁酒法は、アルコールの(製造・販売・流通を禁じただけで)飲酒は禁じていなかった。

「政府は毒を入れても人々が飲酒をやめないと知っている」とニューヨーク市の検屍官チャールズ・ノリスは言っている。「飲酒をやめられない人たちが 毎日毒を飲んでいる事実を無視して、毒物を添加し続けている。これは真実であり、毒入りの酒による死亡の道義的責任は米国政府にある」

参考文献:The Chemist's War:The little-told story of how the U.S. government poisoned alcohol during Prohibition with deadly consequences.

(翻訳:為清勝彦 Japanese translation by Katsuhiko Tamekiyo

コメントがおありですか? シェアしてください...

comments powered by Disqus